ご招待され、岸本氏というミックスエンジニアの自宅スタジオに伺いました。
https://www.dtmstation.com/archives/59394.html/amp
私のクライアントのミックスをしているようで、360RAで仰天した物凄い手の込んだ曲も此処で作られたとのこと。
なおクライアントが『忖度は玄関においてきてくれ』と言う笑
物凄く不遜ですが武の達人が一瞥しただけで相手の積み重ねてきた背景が全て透けて見えるような感覚で、我輩も部屋を一瞥して多くを読み取れます。物凄い計算、経験、そして労苦が見えました。これは並大抵ではない。凄いな。
防音室に多角形はあるあるなので良いとして、背面空気層的な感覚なのでしょう側面、天井に空間を設けたウールパネルが複雑に配置されています。
前面はサーロジックを使用しているが使い方が非常に巧妙。主にスピーカーの背後を中心に使われているが角度など実に絶妙。メーカー(村田氏)より上手いと思う。反響を造るでもなく作為が入らないようにするには良い角度です。
スピーカーの背後は拡散でないと行けません。コンサートホールの音響学術的に言うと初期反射による『親密度(Intimacy)』が非常に有効に得られつつ定位や質感などに悪影響を及ぼさないからです。実は低音に効かないコーナーANKHが音で売れる理由は此処にあります。
特にセンターにメーカーお勧めの山形ではなく平らに一枚設置されているがこれがいいのだ。山形に置いてセンター音像を強化しようとする考えは最悪である。それはスピーカーセッティングなどで音波の合成の魔法で行うべきで反射で行うなど紛い物である。
さらにサーロジック定在波パネルを初めて生で見た。ルームチューニング材としては低音の特性は最強の物体で世界に類がない。
システム自体はウルトラシンプルで、スピーカーはGENELECの同軸の物に純正サブを2台土台的に使用している。良く繋がっておりスピーカーセッティングも含めて相当追い込まれている。
さて、魔界名物『読経と梵鐘』を始め色々聴く。(eonkyoよりステレオ誌2016 オーディオチェックとしてハイレゾ販売中。無くなりそうなのでエンジニアもオーディオファイルも全員買うべき。特にエンジニア空前絶後の録音で比類がない。好みを完全に排した冷徹なチェックが可能。なお音楽性はゼロ。)
低音域の凹凸の無さは素晴らしい。この1点ではかつて無いほどの領域。そして色々な意味で徹底的にフラット。あらゆる意味でQを持たない。このフラットさというかニュートラルさに対しての感覚は我輩の印象ではエンジニアというものは平均値としてオーディオファイルの到底及ぶ所ではない。この感覚はオーディオファイルの世界に是非ともエッセンスを注入したい。
位相的にも違和感が無く、GENELECサブ付きとは思えない。曰く『GENELECの機能でのPEQ補整は位相的に良くないのでアコースティックで対策を徹底しており、500Hzで1dBやってるだけ』という。そうそう、FIRでも違和感が出ますね。前にも申し上げた通りTHXも『アコースティックに制圧しろ、最後にどうしようもないところだけ使え』と言ってます。
ただ、その代わりこれは部屋の会話の反射でわかっていたがウルトラハイの残響時間の減衰が気になる。結果的に高調波が見えず、打ち込みはともかく自然音の有り様に支障を来たします。梵鐘や鳥の鳴き声などで良くわかります。
そこを改善すると非の打ち所が無いスタジオになりそうだが、低音の躾に必要なリソースが100だとしたらこれは2~3位なので楽です。背面空気層があるので有孔ボードでも良さそうですが、低音の躾が崩れる恐れもあるのでいわゆる開口率を下げて石井式的な路線が良さそうです。ソニーのスタジオも有孔ボードではなくその路線に近いチューニングでした。
ルームチューニングをゴリゴリやってなお残響のf特がウルトラハイまでフラットに躾けられている部屋は極めて少なく、強者(例えば某翁やGAVAN氏など)ほどそれは骨身に染みているようです。
沢山お話を伺いましたが室内音響に関してはエンジニアリングの世界は意外や知見が少ないらしく、低音がゴソッとディップが出来ていたり遥かにデッドなスタジオも多いと聴きます。他のエンジニア様も同じ様な事を言っておられました。(無論オーディオファイルでもあるあるです)
この理論と測定と聴感の関係性、そしてやはり理論や測定では到底追い付かぬのでこう聴こえるよう施工した後でこう調整して…などは規模と歴史と金が違うのでコンサートホール設計や映画館設計が一日の長があります。なので室内音響の回ではそれらの良い所にフォーカスを当てご紹介する事が多い。今回のスタジオ設計に携わったという『師』もまた映画館の音響の研究をし、その設計にも携わっているということです。何やら他人の気がしません。
コンサートホール設計、映画館設計、エンジニア、オーディオファイル…
それぞれ強い部分と苦手な部分があり、それらを統合してさらに強化し各々に提供するのが当ブログの使命と勝手に思っている。音楽製作側も良い音響ならばより素晴らしい音質の音楽を作れるし、リスナー側もその作り手の意図を余すところ無く受け取れるようになれば遥かに幸せになり、そして音源を買う。みんなが幸せになれる美しい世界を目指したい。
今回低音のフラットネスに感銘を受けたので久々に魔界で低音とがっぷり四つに組み合う。
我輩は低音のスイープが大好物で、調整においては測定より遥かに優れたると以前から広言していたが彼のスタジオ設計の『師』もまたスイープ派とのこと。やはり頂上は収束するものなのか?なお此処でもNORDOST テストCDの物が圧倒的に使いやすいので是非とも買いましょう。なんか知らない間に二枚組になって値上げしてるけど。でも6000円で買える人権です。
低音を調整してみて感じたのですが、この半年で魔界は大いに位相の精度、速度が向上しており以前組み合った時と見えかたのレベルが段違いです。測定では見えない数度の位相の変更や微調整による音の流れ、奥行きの正否が手に取るようにわかります。
最終的にサブウーファーの位相を12度ずらし、low pass filterを2Hz上げた。この一見偏執的でシビア極まりそうな調整も物の15分で定まった。これで音楽を聴くと劇的に改善し感動する。実にフラット。裏を返せば昨日までは不十分だったわけです。今回の訪問のお土産はこの経験と結果です。値千金です。
大変有意義な物を得ました。やはり異なる強みを持つ異業種との交流は素晴らしいものです。
ありがとうございました
これからも積極的にエンジニアの方々と交流しスタジオの室内音響からアプローチさせて頂きつつ音楽業界をより裏から盛り上げる一助となりつつ経験が己の血肉ともなる。実に素敵な事です。